鳥取市吉岡温泉町。
日本一大きな池「湖山池」のほとりにある100%天然温泉のある町だ。
この温泉地の廃校になった(旧)湖南中学校に銘木工房ゆら木(めいぼくこうぼうゆらぎ)がある。
工房のある教室の前まで来ると、作業中の機械がうなる音が聞こえてきた。
ドアを開けると、所狭しと大きな機械が並んでいる。
奥から出てきたのは、繊細そうな面立ちをした男性。こちらが、工房のオーナーの表さんだ。
肩書きにチェロ弾きとあるように、木工家でありながら音楽活動もしている。
現在、ネットでの販売のほか鳥取の事業者からの依頼が多く、注文を受けての制作に勤しんでいる。
趣味だという音楽活動では、自分で改造したチェロを弾く。
今回は、表さんの活動についてお話を伺った。
小学校のころから工作が得意
小さい頃から木工が好きだったという表さん。
小学生のときから工作が得意で、一時期はプラレールで立体的な作品を作ることに夢中になった。
とにかく、自分で何かを生み出して遊ぶことが好きな子供だった。
同時に、音楽を聴くのが好きだったが、楽器をはじめたのは小学校5年生のときだ。
自分から習いたかったというわけではなく、親のすすめでピアノを習い始めた。
高校に入学すると、部活動では音楽をやりたいと思い弦楽部に入部。
吹奏楽も考えたが、弦楽器のほうが自分には合っていると感じた。
このときに、チェロを始めた。
弦楽器をすべて弾いてみて、しっくりきたのがチェロだったという。
ここから、表さんが感性を大事にしている姿が伺える。
バイオリン職人に弟子入り後、独立
楽器そのものにも興味を持った表さんは、高校卒業後、思い切ってバイオリン職人に弟子入りした。
楽器作りはやってみたらきっと好きになるだろうという感覚があった。
その直感は見事に当たり、3年半、バイオリン製作に携わった。
このあと、大好きな音楽と木工を組み合わせた音楽雑貨づくりをしようと、表さんは木工作家として独立した。
世界中の銘木(めいぼく)を使おうと考え、工房名は「銘木工房ゆら木」と付けた。
銘木とは、色や形状、材質などが優れていたり、独特な趣を持っていたりするものを指す。
ゆら木(ゆらぎ)の由来は、「木目のゆらぎや手作りのゆらぎの温かさを大切にしたい」という思いから来ている。
バイオリン作りに携わってきたが、楽器づくりはあくまで趣味として、メインは音楽雑貨づくりとして事業をスタート。
音楽モチーフのコースターやアクセサリーなどの小物は、発表会の記念品として人気が出た。
作った作品は主にネットで販売している。
スタート当初は、木工を仕事にしていくために試行錯誤を繰り返した。
孤独に作業をしていたが、SNSで鳥取のハンドメイド作家たちとつながったことで交流が生まれ、イベント出店もして人とのつながりが出来ていった。それとともに、知名度も上がっていく。
事業スタート時は、自宅の一角を作業スペースにし、糸ノコのみで小物を製作した。
このままでは小さい物しか作れないため、機械がおけるような工房がほしいと考えていたところ、知人の紹介で現在の工房のある旧湖南中学校の一室を借りることとなった。
廃墟のような状態だったが、きれいに掃除をして元理科室をセルフリノベーションして工房がついに出来上がった。
それまでは湖山に住んでいたが、工房がスタートしてまもなく、2019年に家族で吉岡温泉町へ移住した。
町の集まりにも積極的に参加し、表さんは吉岡温泉の住人としてしっかりと根をおろしながら工房の活動を始めた。
工房では補助金を使って、念願だった大きな機械を購入した。
おかけで本格的な木工製作ができるようになった。
表さんにとってこれは大きな一歩だった。
鳥取県の木を使った因伯雅茶(いんぱくがちゃ)
こちらは、鳥取の木を使って作った「因伯雅茶(いんぱくがちゃ)」である。
直径10センチの大型カプセルが入る、オリジナルの木製カプセルトイだ。
見た目は大きいが、杉を使っているため軽く、大人一人でも設営ができる。
この製品が生まれるまでには物語がある。
2022年春。県外のとある施設から4面すべてから回せるガチャを作ってほしいという依頼が来た。
難しい依頼だったが、表さんは思い切って引き受けた。
それから試行錯誤が続き、一度は納品したものの不具合が多く再度直してやっと完成。
このときのノウハウを生かして、さらに改良を重ねたのが「因伯雅茶」なのだ。
苦労を重ねただけあって、作品への思いはひとしおである。
取材時、このガチャを回してみた。思ったより回すのは簡単で、ガチャンという心地の良い音ともにカプセルが出てきた。
つい回してみたくなる木製のオリジナルガチャ。
誰でもレンタル可能なので、町の文化祭などでの利用もおすすめとのこと。
県産杉を使っていることもあり、鳥取県の応援もある。今後大々的に広めていく予定だ。
鳥取県のPRになるだけでなく、珍しいので集客にもつながるだろうという見込みだ。
手作りの木琴「ゆらフォン®」
今まで作った製品のなかで、表さんが気に入っているのが木琴だ。
製品名は、「ゆらフォン®」。ゆら木のシロフォン(木琴)とのこと。
たたいてみると、軽やかながらぬくもりある音がする。
自然の木が成せる美しい響きだ。
1オクターブだけで演奏できるように、よく知られている曲を自分で編曲して楽譜も作っている。
You tubeに楽曲をアップしており、音楽を流しながらたたける。
子供への贈り物にも良さそうな名品だ。
アウトドアブランド「Nogake®(のがけ)」
大企業が作ることができない、こだわったものを作りたいという思いで2年前に立ち上げたのが「Nogake®(のがけ)」というアウトドアブランドだ。
アウトドアで使える高級なイスやカップ、テーブルなどをイメージし、デザインにもこだわり、ひとつひとつを丁寧に作り上げる。
のがけとは、”野がけ”で野遊び、ピクニックという意味がある。わざわざ和名にしたのは、日本文化を取り入れたアウトドア製品づくりに力を入れていきたいと考えているからだ。
今後、本格的に力を入れていく予定だというので楽しみである。
バロック音楽に魅せられ、鳥取バロックアンサンブルを結成
一方で、音楽活動を続ける表さんは、高校時代にチェロを弾きながら、ずっと違和感を持っていた。
感覚的に引っかかるところがあったのが、バロック音楽を知り、求めいてた音楽は「これだ!」と感じたという。
高校卒業後、鳥取でリコーダー奏者の夫婦と出会い、その夫婦がバロック音楽を教えてくれたのだ。
表さんはバロック音楽と出会い、当時の楽器のセッティング法や演奏法を研究する”古楽(こがく)”というジャンルに魅力を感じた。
その演奏は、現代のクラシック音楽の演奏法とは色々と違う部分が多いらしい。
日本ではようやく知られ始めたところだが、ヨーロッパでは当然のように認識されていて、近年、伝統的なクラシックの演奏法も変化してきているそうだ。
リコーダー奏者の夫婦との出会ってすぐに、バロック音楽を演奏する鳥取バロックアンサンブルが結成された。
不定期で演奏会を開催しているが、結成以来、1番大きな演奏会が2023年10月に開催される。
本場ヨーロッパでの古楽の復興に関わったと言われるオランダ在住のバロックヴァイオリニスト赤津眞言さんとの夢の共演が実現するのだ。
オファーは、赤津さん自身からだった。
鳥取へは演奏会で何度も訪れているという赤津さんにとって、地元の人たちと演奏ができるのは何よりの喜びであり、夢だったと語る。(YouTube「鳥取の皆さんへのビデオレター」より)
取材時は演奏会前であり、大舞台を前に、表さんは練習に励んでいる。
大きな夢がひとつ叶おうとしている。
これから
音楽活動を続けながら、今後はアウトドアブランド「NOGAKE」のネットショップをスタートしていく予定だ。
それにともない、商品も増やしていく。
鳥取ではサウナがブームとなっており、サウナグッズにも力を入れていきたいという。
できたてほやほやの因伯雅茶(いんぱくがちゃ)も広めていく。
インスタグラムで初めて上げたリール動画は短期間で15万再生となり、注目を集めている。
鳥取のPRを兼ねて、まずは鳥取県のあらゆるイベントで使ってもらいたい、ゆくゆくは全国へと意気込む。
ガチャは5台ほど作って稼働させる予定だ。
興味があるという方は、気軽に工房へお問い合わせください。
インタビューを終えて
お話を聞きながら、表さんが自分の仕事にとても誇りを持たれているというのがひしひしと伝わってきた。
出来上がった物もとても美しく、丁寧に作られたことがわかる。
休日はないという表さんだが、「好きなことを仕事にできているのは良かったことです。まだ自立はできていませんが、好きに生きて社会に溶け込めているのはありがたい」と語ってくれた。
好きなことを仕事にして生きていくことは、そう簡単なことではない。
けれど、表さんは決してあきらめず、自分を信じて地道な努力を続けている。
その努力はきっとたくさんの実を結んでいくだろう。
これからの活動に期待したい。