鳥取の西部、米子市。
山陰のほぼ中央に位置し、道路、鉄道、空港と交通の利便性もよく「山陰の商都」として栄えてきた。
この米子市の市街地で建築デザイン事務所「キミトデザインスタジオ」を営む吉田さん。
古民家に関心が高く、市内に残る古い建築物を中心にリノベーションなどを手掛けている。
見積もりからデザイン、プランニング、現場監督までの一連の作業を一人でこなしている。
一児の母でもある吉田さんの取り組みについてお話を伺った。
建築学科に進学、古民家に興味を持つ
中学を卒業後、吉田さんは建築に興味があったわけではなかったが、担任の先生にすすめられるままに米子高専の建築学科へ進んだ。
ここで5年間、建築を学んだ。
卒業前、建築関係の仕事は工務店、設計事務所、マンション管理など幅広い分野があるなかで吉田さんはどこへ行くかを決めきれずにいた。
そのタイミングで建築の歴史の先生のもと、鳥取県の近代和風調査の手伝いをすることになった。
60箇所ほどの物件を見せてもらうなかで、鳥取県にはいい古民家があると知り、吉田さんは将来的には古民家を残すための仕事をしたいと考えた。
ただ、就職氷河期のさなか、民家再生をしている設計事務所は新卒採用をしておらず、吉田さんは就職をあきらめ、米子高専のさらに専門的な建築を学べる2年間のコースに通うことにした。
卒業後は地元の工務店に就職。
地元の工務店に就職後、独立
勤めた工務店は家族経営で小規模だったため、1つの物件に対してお客さんとの打ち合わせからプランニング、見積もり、現場の段取りから管理、引き渡しまでを1人で担当した。
一連のことをさせてもらえたなかで、吉田さんは空間を作っていくことが楽しいと思えるようになった。
7年間勤めたあと、自分で建築デザイン事務所をやってみたいと2016年に独立。
事務所の名前は「キミトデザインスタジオ」。
吉田さんは建築の仕事をしながら、建物についての小さい困りごとが多いと感じでいた。
使い勝手が悪いなどという誰にどう頼んでいいかわからないような問題の解決の扉を開ける鍵に出会える事務所でありたいという思いから、キー(鍵)がミート(出会える)するで「キミト」デザインスタジオという名前を付けた。
現在はお客さんの思いをくむことを重視して、あなたと私で作る「キミト(君と)」という意味も含めている。
工務店を辞めてすぐは、職業訓練校で建築大工についても学び、日曜大工が出来るようになった。
デザインだけではなく、大工について学んだことでプロの技術のすごさをあらためて知ったという。
独立してすぐは、他社からの委託で図面を書く仕事や、米子の中心市街地の空き家調査をしているNPOを訪ねたり、米子建築塾に入って手伝いをした。
少しずつ自分が出来ることややりたいことを増やしていった。
そのうちに、住宅のリビングのリフォームなどの小さなリフォームを頼まれるようになった。
古い梨の選果場をリノベーションしてカフェに
大山のふもとにあるローズガーデンテラスは吉田さんがリノベーションを手掛けたカフェだ。
もともとは梨の選果場だった建物の雰囲気を残しながら、カフェ営業が出来るように改修した。
依頼時、建物のすぐ横ではオーナーさんがバラ園(ローズガーデン)をしており、バラのシーズンにローズガーデンに来られるお客さんにコーヒーやお茶を出すためにカフェを併設したいという要望だった。
建物そのものはとても古く、全体的に綺麗にするにはコストがががるため、建物の中に小さな小屋を作る感じでデザインをした。
雨漏りしてもその下の小屋で雨が防げればよいという考え方だ。
機械を使う厨房やトイレを小さい小屋に入れ込めたデザインになっている。
断熱がないため夏や冬は営業するには厳しいが、バラが咲く時期だったらちょうどいい。
「建築ってコストとデザインと機能のバランスをどう取るかだと思うんです」
お客さんと話しながらちょうどよいところを取っていく。
「できる範囲でお客さんの理想を実現させてあげたい」
建物が完成して「頼んで良かった」と思ってもらえることがとても嬉しいという。
建物を快適にするには断熱が大事
古民家のリノベーションを中心に行う吉田さん。
外気の暑さ寒さの影響を受けやすい古民家を快適にするには、断熱が大事だという。
しかし湿気が多い日本の家屋は風通しがよいように作られており、断熱は弱い。
そして大きな家が多い鳥取は、建物全体を断熱構造にするにはコストがかかる。
そのため、お風呂場など一部を断熱にするなどの省エネのリノベーションが現実的だ。
できるだけエアコンなどのエネルギーを使わずに古民家を快適な住まいにしたい。
断熱の方法を考えていたタイミングで、岡山の津山市で小学校の断熱をDIYしたという話を聞く。
現在、鳥取の小学校には授業を受ける教室にはほとんどエアコンがついているのだが、断熱機能のある建物は少ない。
エアコンの効率を良くするためにも鳥取でもしてみたいと思い、さっそくいろんな人に声をかけていると、鳥取県の補助金が使えることがわかった。
この補助金を使い、鳥取の小学校での断熱ワークショップが実現。
補助金で足りない部分も地元企業の協力があり、断熱DIYが成功。
子どもたちの体感も全然違ったという。
断熱をしているだけでエアコンの効きも違うし、エネルギーの垂れ流しにもならない。
なるべくエネルギーを使わずよい環境を作るためにも、建物全体の性能を上げたほうがいいと吉田さんは考えている。
自分で自分のまわりを面白くしていく
米子の城下や下町には古い建物が多く残っている。
大火や戦争の被害がなく、エリア内の約25%が築100年以上の建物だという。
吉田さんはこの古い建物を良さを残しつつ、若者が訪れたくなるようなカフェやレストラン等に利用することで町の活性化につながればとの思いがある。
古民家に住んで来た世代のなかにはイメージが良くない人もいるが、若い世代には古民家に憧れがある人も多い。
彼らと古民家をマッチングしたいと吉田さん。
「古民家は作ろうと思っても作れないですから」
古民家を大事にし、オシャレにリノベーションしていく。
理想の町のイメージを持ちながら、自分で自分のまわりを面白くしていく。
これから
今後は、出会いを大切にしながら、古民家がいいなと思っている人を増やしたいと考えている。
デザイン事務所のコンセプトにもかかげているように「まち いえ ひと」が循環してうまくまわるようにしていく。
保育園に通う子供を育てながら、仕事を両立させている吉田さん。
人にとって幸せな空間を作るなら、自分がまず幸せであるがことが大切だという思いを胸に今日もデザインに臨んでいる。
インタビューを終えて
吉田さんのことを知ったのは、ローズガーデンテラスでだ。
カフェ営業中に入り、趣があるだけでなく洗練された建物にとても魅力を感じた。
そこで吉田さんのことを聞き、取材を依頼させていただいた。
快く受けていただき、米子市の事務所へ。
事務所は古い建物で現代風に改修してある。天井を抜いてあり梁が見えて開放的な空間になっている。
古民家は大変なこともあるが、細部に良さがある。
目を輝かせながら古民家について語る吉田さんに、これからの米子の町の可能性を感じた。
良いところを残して、必要なところを快適にオシャレにデザインしていくことで、そこにしかない価値感や景観が生まれる。
吉田さんのこれからの活動に期待したい。