鳥取県の中部に位置する泊インターを降りて東郷湖へ向かう道をほどなくして、左手に”いちご狩り”ののぼり旗が見えてくる。
そのまま導かれるように車を走らせるとハウスがたくさん並ぶ農園へ出る。
いちご栽培と肥料販売をしている「小林農園」だ。
もともとは梨農家だったが、現在はいちごを専門にしている。
県内で広がりをみせている、極力農薬を使わず、鳥取の気候に合わせて作物を丈夫に育てる”わかば農法”の生みの親でもある。
今回は、この小林農園の小林さんに取り組みのお話を伺った。
農家に生まれたが、農業のイメージは良くなかった
鳥取を代表する味、二十世紀梨は、湯梨浜町が県内一の産地である。
小林さんの家も代々農家として、二十世紀梨を栽培してきた。
いちご栽培も同時にしていたが、メインは梨だった。
小林さんの当時の農業のイメージはいいものではなく、朝から夜遅くまで働かないといけないしんどい仕事だというものだった。
高校卒業後、小林さんは逃げるように県外へ出た。
とはいえ、いつかは農家を継がなければならないという思いはあり、茨城県の果樹試験場で研修生として働いた。
都市農業を知って、鳥取の農業の良い面、悪い面が見えたという。
「やっぱり全然違うんです」
働きながら、こんな風にしたらいいんじゃないかというアイデアが色々浮かんできたという。
この時から、農業するなら観光農園がいいという気持ちがあった。
試験場での研修を終えたあとは、愛知県で働いた。
農業関連ではあったが、農業とは違う分野だった。
父親の体調不良で地元に戻って梨づくり
まだまだ農業から離れていたいと思っていたが、父親が体調不良になり、小林さんは22歳で地元へ戻ってきた。
実家の農業を手伝うことになり、小林さんは梨を任され、両親はいちごの管理を担当した。
「親と一緒にすると意見の違いで喧嘩になるだろうから」
小林さんは学生の頃から梨栽培の勉強をしてきたので、梨は作れるだろうという思いだったという。
ところが、梨畑を前に何をしていいかわからなかったという。
「梨が何を望んどるのかわからないんです」
ひたすら梨を観察して試行錯誤
親にも聞きづらかったという小林さん。
まずは、ひたすら梨を観察することにした。
やりながら失敗の連続だったという。
病気がたくさん出るから農薬を散布するが、それでも収まらず、農薬の限界を感じた。
「栄養のバランスを考えてやらないといけない」
この時に小林さんはそう実感した。
作物が丈夫だったら病気にならないのではないか。
この試行錯誤が、現在のわかば農法にもつながっている。
梨の栽培は10年ほど前にやめ、現在はいちごを専門としている。
梨は年に1度の収穫で、1シーズン上手く行かないとリセットがきかない。
台風やヒョウなどで被害を受けるとその年はもう大変だという。
これでは、将来農業を続けていくのに面白くないと感じた小林さん。
いちごであれば、1回失敗してもシーズンが長いので取り返しがつく。
そこで、いちごのハウスを少しずつ増やしていき、いちごのみの栽培に移行していった。
梨づくりの経験がいちご栽培に生きている
小林農園では肥料の販売もしている。
有機質の肥料の原料を調べてもらい、使ってみて良かったものを販売し、農業で使っている。
栽培には、山に行って集めた落ち葉の堆肥も使う。微生物の力だ。
肥料は数種類をブレンドして使っているという。
使っているものは植物性がメインだ。動物性のものは、ミネラルの多いサンゴを使う。
作物を丈夫にする農法は梨づくりのときの経験が生きている。
農薬を極力おさえ、化学肥料は使わない。
農薬を控えることについては、農薬に限界があるという理由のほか、小林さんの父親が果樹に農薬を散布しながら、「こんなに沢山農薬をかけたものを販売していいのだろうか」という疑問を持っていた姿も影響している。
小林さん自身は農薬は安定的な収穫のためには必要だと思うし悪ではないけれど、自分の子供に農薬をたくさんかけたいちごを食べさせたいとは思わないし、できれば使わないに越したことはないという気持ちを持った。
特にいちごはそのまま食べるので、農薬を使わずに作りたいと考えたのだ。
鳥取に合った栽培法を生み出す
冬場に日照時間が少ない鳥取は、もともといちご栽培には不向きだ。
そこで、小林さんは栄養と水の管理をしっかりとしながら、鳥取に合った栽培方法を試しながら工夫していった。
いちごを観察しながら、虫が出る時期や病気になるときのタイミングをみて対応していく。
少しの変化にも気づいて対処することで大きな被害にならない。
成長しているときだけでなく、収穫の状態もすべてチェックする。
これらはすべて、梨づくりをしているときに学んだやり方だ。
こうして観察とフィードバックを繰り返しながら出来上がったのが、「わかば農法」だ。
この農法はいちご以外でも使える。
現在、小林さんはこの農法を他の農家さんに教えているので県内で広がりつつある。
鳥取の農業に大きな希望を与える取り組みだ。
毎日農業ができていることが楽しい
農家の長男に生まれ、農業へのイメージが悪かったという小林さんだが、現在は農業がとても楽しいという。
「自分には百姓の血が流れているんですよ。効率だけでなく、”物づくり”を考えてるんです」
実際に作物を見て、考えて、手間をかけて作っていく。
一番楽しい時間は、いちごの手入れのときだと満面の笑顔で小林さんは話す。
「芽が出てきたとか、花が咲いたとか、そういうのがとても嬉しいし楽しいんです」
現状に満足せずに、今度どのようにしていくかも考えながら作業する。
これから
いちごは「あきひめ」と「とっておき」の2種類を販売している。
あきひめは酸味が少なく瑞々しい。とっておきは、酸味と甘みのバランスが良いいちごらしさがある。
湯梨浜町のプロジェクトで小林農園で採れたいちごとさつまいもを使ったアイスが販売されている。
アイス”俺のいちごSpecial”には、ジェラートとアイスが2層になり、ドライいちごも入っている本当にスペシャルアイスだ。甘酸っぱくて美味しい。こちらは農園で買うことができる。
いちご一筋で行くのかと思いきや、今はぶどう作りをはじめたという。
小林さんがぶどうが好きということと、いちごとはシーズンが違うので作業がしやすいというのがある。
まだ栽培ははじめたばかりとのことで、来年くらいからぶどうも食べられるようになりそうだ。
農業が楽しいという小林さんに、農業をうまく続けていくコツを聞いた。
「あきらめないこと!とにかくやりきる」
うまく育たないからあきらめるのではなく、どうしたらいいのか工夫してみて、と。
長らく試行錯誤を続けてきた小林さんならではの説得力がある。
ぜひ、いちごを食べたい方も小林さんに会いたい方も一度農園を訪ねてみてください。
インタビューを終えて
とても気さくに楽しそうに農業のことをお話される姿が印象的だった。
こちらは張り切って、いちご柄のジャケットを着て行き、本気のいちご狩りに来た人と間違えられたけれど、快く対応していただいた。
農業以外では、釣りが趣味という小林さん。
休日は釣ってきた魚で干物を作って食べるなど山陰の自然を満喫している。
毎日を楽しんでいる姿は周りにも元気を与えてくれる。
こんな農家さんが増えてほしいと心から思った。
自然の恵みに感謝しながら生きて行きたい。