倉吉市の白壁土蔵群の近く、市内最古の町家「倉吉淀屋」がある通りの民家のなかに、ともすれば通り過ぎてしまいそうになる小さな本屋がある。
昔ながらの和建築で入り口を入るとほっと心が和む空間になっている。
ここが「倉吉ブックセンター」だ。
ぐるりと店内を見渡すと本の置き方が独特で、料理本の隣に哲学書があったり、絵本があったり、これは一体どういうことだろう。
倉吉ブックセンターは円谷禅さんと円谷さんの父親の2人で運営されている。
円谷さんは書店の空間づくりや、仲卸を通さない個人出版から本を仕入れるほか、個性あふれる本の装丁を手掛けている。そのオリジナルの装丁本は「ゆずるぼん」と名付けられ、界隈に広まっている。
装丁にとどまらず、毛糸ミシンでのチャリティグッズの制作など幅を広げている。
今回はそんな円谷さんの取り組みについてお話を伺った。
もともとは生活雑貨の卸問屋
倉吉ブックセンターの場所では、もともと円谷さんの曽祖父さんが生活雑貨の卸問屋をしていた。
今の内装とは全く違い、蛍光灯が何本もついたコンビニ風だったという。
円谷さんはそれが気に入らなかったという。
「僕が子供のころにリフォームしてその内装になったんですけど、前のほうが良かったという残念な気持ちでした」
その後、店舗は円谷さんのお父さんが引き継ぎ、本屋となった。今から約40年前のことである。
ある時、円谷さんは叔母にも「昔の家の雰囲気が良かった」と言われ、つい「僕が何とかします」と返事をした。
それを聞いた叔母は「それは良いことを聞いた。長生きしないといけないね」と嬉しそうだったという。
費用のあても何もなかったが、その口約束をした3ヶ月後に大きなチャンスがやってきた。
耐震補強の流れで昔ながらの内装が実現
おりしも、市内の町並み保存地区になっているこの地域を対象とした、市の耐震補強事業がスタートしたのである。
費用の9割を市が負担してくれるもので、担当になった建築士が主に古民家再生のプロジェクトをしている人であった。
古い家の再生をしてくれるという建築士との出会いは、前の家の姿に戻したいと思っていた円谷さんにとっては願ってもないことであった。
こうして、耐震補強の流れで、以前の古民家風の内装に店舗が戻ったのである。2014年の夏だった。
その後に起きた鳥取での大地震のときにも被害を受けることなく済んだ。
すべてが順調だった。
ご縁が広がりはじめる
店内が改装されると、気持ちも前向きになり、物事の流れも変わっていった。
あるとき、一人の男性がふらっとお店に入ってきた。
城崎温泉でアーティスト活動をしている現代美術家の永本冬森(ながもと ともり)さんだった。
ボールペン画を描く永本さんは、たまたまボールペンの中の小さな玉を作っている工場を訪ねる途中に倉吉ブックセンターに立ち寄ったのだ。
異なる文化を持つ国や地域とアーティストとの交流、情報や人的ネットワークの促進を目的とした「アーティスト イン レジデンス」活動をしている永本さん。
「倉吉で何か作りたい」
という言葉を残して、また来ますと帰っていった。
その1年後にアーティスト イン レジデンスを通して、倉吉での作品制作が実現する。
本の表紙を集めて1枚のキャンバスにする
永本さんとの取り組みは、いらなくなった古いハードカバーの本の表紙を切り取ってつなぎ合わせて1枚のキャンバスにして絵を描くというもの。
永本さんからは、古紙回収でもいいから古い本を集めることに協力してほしいという依頼だった。
円谷さんはそれを受けて、何の思い入れもない本よりも少しでも思いのある本のほうがいいのではないかと考えた。
「キャンバスの元になっている本それぞれにストーリーがあるほうが面白い」
それは良いねと永本さんもすぐに賛同。
ただ、思い入れのある本の表紙を取ったあとの本体がさびしいので、自分で新しく表紙を付け直したら楽しそうだという話になった。
永本さんの知り合いの古書修復の先生に本の装丁を教えに来てもらうことになった。
装丁で本が生まれ変わる
ハードカバーを提供してくれた人で自分の本をもう一度生まれ変わらせたいという人だけを集めて、本の装丁をするワークショップを開催した。
15人が集まり、それぞれが本の装丁を完成させた。
話はここで終わりにならない。
永本さんが、次のプロジェクトがある、と円谷さんに持ちかけた。
約200冊の本の装丁をまかされる
シンガーソングライターの山崎まさよしさんのデビュー20周年記念として、大阪の蔦屋書店からアート展の依頼を受けていると永本さんは話し始めた。
山崎さんの過去20年間で作られた楽曲1曲ずつを1冊の本にして展示するという内容だ。
表紙には永本さんがボールペンで描く、山崎さんのさまざまな表情の肖像画、背表紙には曲のタイトル、裏表紙には歌詞の一部を入れるというものだ。本の中身は真っ白の紙。サイズは大小さまざま。
この本を大阪の蔦屋書店のギャラリーに並べるというのだ。
過去の楽曲数がざっと200曲。
この楽曲分だけ本が欲しい、と永本さん。期限は1ヶ月。
最初は、古書修復の先生に相談に行った永本さんだったが、プロでも1ヶ月で200冊は無理だ、そんなことは辞めなさいと言われた。
とはいえ、すでに本のプロジェクトを引き受けていた永本さんはどうにかしたいと円谷さんに声をかけたのだ。
円谷さんは本の装丁のワークショップに参加した15人に、200冊の本を作る手伝いをしてほしいと呼びかけた。
大変な作業となったが、結果、無事にすべての本が完成し、「音のない山崎まさよし 20年間のことば展」は成功した。
「ゆずるぼん」の誕生
大きなプロジェクト成功のあかつき、倉吉でアーティスト イン レジデンス活動をしている人に円谷さんはこんなことを言われた。
「アーティスト イン レジデンスというのは、アーティストが地域に来て何か作ってみんなで関わってそれでバンザイ!終わり!で成功したとは言えない。アーティストの人が来てそこでみんなが関わったことで新しい文化が生まれてはじめて成功というんだ」
そう言われて、円谷さんは考えた。
たくさんの本の装丁を手掛けたことで、すっかり装丁のやり方は身についていた。
本離れが進んでいるというけれど、自分にとって大事な本は手元に置いておきたい気持ちがあるだろうし、オリジナルで装丁した本は自分だけの本になる。装丁した本をプレゼントにするのも素敵なのではないか。
そこで、円谷さんは製本教室をすることにした。
初めて開催した製本教室へ来てくれたのが、吉岡温泉にあるアトリエda-na(Da-na apartmentの前進)のオーナーだった。
ぜひ、アトリエでも製本のワークショップをしてほしいと頼まれ、開催が実現。
このときに、アトリエda-naのオーナーによって、円谷さんが作る装丁本が名前の禅(ゆずる)をとって「ゆずるぼん」と名付けられた。
このあとも、智頭町のハイカラ市などでワークショップを開催。豆本での製本もした。
智頭杉と出会う
「ゆずるぼん」の活動がスタートした。
あるとき、円谷さんは智頭町で智頭杉のスライスしたものに出会った。
木目がつまった光沢のある美しい杉のスライスだった。
名刺として使われていたが他に使い道がない状態であったのを、本の装丁にしたら美しいのではないかと円谷さんは考えた。
和紙で裏打ちをしたところ、豆本で智頭杉で装丁した本が作れた。
さっそく、ワークショップでも人気になった。
智頭杉の装丁本が完成
ここで、ワークショップのご縁から、多目的ホールのある倉吉未来中心で開催の山崎まさよしさんのコンサートに合わせて、円谷さんが新たに山崎さんの楽曲20曲を装丁した本の展示が実現することになった。
このとき、山崎さんに質問したいことを書いた会場アンケートをまとめて本にしようという企画が持ち上がった。
打ち合わせに参加していた円谷さんの友人が、たまたま取り出したのが円谷さんが作った智頭杉で装丁した本だった。
これを打ち合わせに参加していた永本さんが見て感動し、この智頭杉の装丁本を会場で作って山崎さんにプレゼントする流れとなった。
決まったものの、智頭杉のスライスの限度で、文庫本サイズを作るには大きさが足りないことに苦戦。
試行錯誤の末、継ぎをして見事に文庫本サイズの智頭杉装丁の本が出来上がった。
円谷さんのあきらめない精神がすごい。
コンサート当日、山崎さんにはとても喜んでもらえ、コンサート中にも会場で紹介してもらえたという。
これを機に、最近では智頭杉の御朱印帳の依頼を受けて、完成させている。
まわりとのご縁がつながってできた「ゆずるぼん」は、円谷さんのライフワークになっている。
点と点がつながっていった
「興味のあることをやっていたら、いつのまにかそれがつながっていた」
円谷さんは嬉しそうにそう話す。
そのとき心に響くことをしていたら、気がついたらすべてがつながっていた。
まるで点と点がつながるように。
本の装丁だけではなく、人から勧められて始めたフェイスブックのつながりから、毛糸で縫える「毛糸ミシンHug」の開発者と出会い、Hugマスターとして毛糸ミシンでグッズ制作もしている。
お店にあるピアノも人とのつながりからやって来た。
本の置き方もまさに、点と点がつながっていくようなものなのだ。
隣り合わせに置かれている本どうしは、意外なものを組み合わせたり、リズム感やストーリーを大事にしている。
自分では選ばない内容だけれど、よく見たら興味があるものだったり、そんな気づきがあるといいという。
自分の素直な興味を大事にしてほしいと円谷さん。
その興味のある一つ一つが点となり、やがてつながっていく。
これから
これからも、円谷さんのスタンスは変わらない。
そのとき心に響くことをただしていくだけ。
それが一番誠実な生き方だと思っている、と語ってくれた。
倉吉ブックセンター
鳥取県倉吉市東岩倉町2252
0858-24-0375
インタビューを終えて
とにかく、熱量がすごい。
お店に入るなり、もうお話がスタートしていた。
立ったままの怒涛の1時間半。
こちらもそんなことは忘れて、円谷さんの話にすぐに引き込まれた。
ひとつひとつのエピソードを聞きながら、最後にはああ、だからこうなるのか!とまさに点がつながる瞬間をわたしも体験させてもらった。
「今を大事に」生きている円谷さんだからこそのその場で語りたい!と思った出来事は、聞いているこちらも心に響くものであった。
単なる書店ではない、恐るべし「倉吉ブックセンター」。
わたしもまたじっくりゆっくり訪れようと思っている。