鳥取市国府町。
かつて因幡国の国府が置かれ、万葉集の編者大伴家持も国守として赴任した歴史ある地である。
山々に囲まれた広い盆地には清流袋川が流れ、風光明媚な景色が広がる。
ここでぶどうを栽培し、醸造から販売までを一貫して行っているのが、兎ッ兎(とっと)ワイナリーだ。
ぶどう畑のすぐ横に三角屋根のログハウスがあり、ここが醸造兼販売店舗になっている。
このワイナリーでぶどうの栽培と醸造を担当しているのが、寺谷さんだ。
ワイナリーを訪れると「こんにちは〜」と気さくな感じで醸造室から現れた。
今回は、寺谷さんのワイナリーでの仕事や今にいたるまでのお話を伺った。
ホテルマンに憧れ、鳥取のホテルに就職
寺谷さんは鳥取市出身だ。
ホテルマンに憧れ、高校を出たあとは大阪のホテル専門学校へ通う。
卒業後、同級生たちがヒルトンなど名だたるホテルに就職するなか、寺谷さんは地元鳥取のホテルに就職した。
学生時代は長野県のリゾートホテルで住み込みでアルバイトをしたこともあり、リゾートホテルでの就職も考えたが、もともと卒業後は鳥取に戻るつもりでいたのと、鳥取が好きだった寺谷さんは鳥取に帰ることに決めた。
就職したホテルでは、系列のホテルへの出向があり、シンガポールのホテルで半年間ホテルマンとして勤めた。
ここでは、鉄板焼などをアーティスティックに焼くなどの料理のパフォーマンスがなされており、寺谷さんはとても刺激を受けた。
手に職があるのはいいなと感じはじめたきっかけだ。
手に職をつけたい!庭師へ転職
鳥取に戻った後、寺谷さんは勤務先のホテルが管理している庭園へ出向くことがあった。
ここへ庭師として来ていたのが、寺谷さんの高校時代の後輩だった。
後輩の仕事ぶりを見て、すぐに庭師への興味を抱いた。
この数年後、寺谷さんは植木屋へ転職する。
ここで10年間、日本庭園づくりに携わった寺谷さんは、庭師として念願だった手に職を得た。
その後、公共事業に関わる仕事ができる会社へ転職。
ここで10年勤めたあと、思い切って独立を考えて退社した。
寺谷さんの腕を評価してくれるファンがすでについており、独立してやっていけるという見込みがあった。
だがここで運命のぶどう畑との出会いがあったのだ。
ぶどう畑に導かれる
寺谷さんの子供が野菜作りに通っていたのが、兎ッ兎ワイナリーだった。
ワイナリーではぶどうを植えていない敷地で野菜を育てており、近所の親子が一緒に通っていた。
寺谷さんも子供と一緒に通うなかで、ビニールハウスのぶどう畑の手伝いをすることになったのだ。
手伝いを始めて、寺谷さんはぶどう作りが面白いと感じた。
庭師として独立の予定だったが、ぶどう作りをやってみたいという気持ちにかられた寺谷さんは、庭の仕事を受ける予定だったお客さんたちに頭を下げてまわった。
覚悟を決めて、兎ッ兎ワイナリーのぶどう畑で働くことにしたのだ。
思い通りにならないところがいい
「植木屋からぶどう畑への転職は、同じ木を扱うわけだからつながっているねと周りに言われるんですけど、庭木を扱うのとぶどうの木を作るのは全然違います」
造園は「自分で作る」ものだが、ぶどう畑とワイン作りは「自然に作ってもらっている」感覚だ。
ワインを作るときに最も時間がかかるのが、ぶどうの栽培だ。
植えてから、ぶどうが実るまでには4年がかかる。
しかし、思ったようにはぶどうが実らないのだ。
ぶどうの実りは、その日、その年の天候に左右される。
ワイン醸造においても、人間は酵母の手伝いをしているだけで酵母にワインを作ってもらっているという感覚だ。
寺谷さんがぶどうに携わってわかったことは、「人の力は(自然を前に)大したことがない」ということだった。
「突き詰めたらきりがないです。正解はないですし」
収穫後、醸造して出来立てのワインには、ぶどうそのままの雰囲気を出せたらいいと寺谷さん。
とはいえ、醸造したあと、4、5年経つとボトルのなかで熟成がすすみ、中身がより美味しくなる。
経年変化を見るためにワイナリーでも数本取っておくそうだが、どうしても欲しいというお客さんに出してしまうので古いワインは店舗には残らないことが多い。
熟成がすすんだワインを飲みたいなら、自分で買ってワインセラーに保管しておくのがおすすめだ。
ワインそのものは、20年持つように作られている。
ぶどうの栽培から醸造、熟成と長い年月をかけて作られるワイン。
あらためてぶどう、ワイン作りの魅力を寺谷さんに尋ねると、笑顔でこう答えてくれた。
「思った通りにならないところです」
絶対こうなるということがわからないこそ、予想外に良いものが出来ることもある。
思い通りに作れた造園の仕事を離れ、思い通りにならないぶどうの仕事に寺谷さんは今魅力を感じている。
兎ッ兎ワイナリーのワインの魅力
ぶどう畑は全部で2ヘクタール。ぶどうの木は2万本だ。
お盆から11月末までが収穫シーズンだが、収穫が終わっても剪定などで畑での作業は続く。
栽培品種は、日本で古来から自生しているヤマブドウの血を引く品種だ。
このヤマブドウ交配品種である”ヤマブラン”、”ヤマソービニオン”を中心に8品種を育てている。
この地で悠々と育つ品種を植えているそうで、嬉しそうに話してくれた。
低温醗酵により、ぶどうの品種の特徴がよく出たワインとなっており、果実味が魅力になっている。
「ぶどうは育てる土地で同じ品種でも味が違います。その違いを味わってほしいと思います」
鳥取県産のぶどうのワインは、ここでしか飲めないプレミアムだ。
これから
近年、天候不順が多いなかで、毎年出てきたたくさんの課題をクリアーすることがまず取り組むことだという。
今年はとくに台風でぶどう畑は大きな被害を受けた。
自然相手に、寺谷さんの挑戦は続く。
課題はあるが、「(ぶどう作りを)続けていけたらいいです」と語ってくれた。
庭師だったという寺谷さんは、今はどこからどう見てもぶどう農家さんにしか見えない。
県外からのお客さんが多いという兎ッ兎ワイナリーだが、もっと地元の人に知ってもらいたいとPR活動にも力を入れている。
ワイナリーでは定期的にマルシェが開催され、いろいろなワインが飲める。
地元の農家さんが育てた野菜やキッチンカーの出店もある。
鳥取駅からワイナリーの近くまで路線バスもあるので、ぜひ気軽にワインを飲みに出かけてほしい。
インタビューを終えて
私が初めて寺谷さんと会ったのは、兎っ兎ワイナリーで開催の酒フェスだった。
キッチンカーなどの屋台も出ており、そこでワインコーナーに立っていたのが寺谷さんだった。
並んでいるワインについて尋ねるとぶどう作りの話になり、とても熱心に話される姿にぶどうへの愛を感じた。
これは話を聞いてみたい!とその場で取材のお願いをした経緯がある。
ぶどうが実るのが9月ごろということでこの時期に合わせて取材をさせていただいた。
たわわに実ったぶどうと、ぶどう畑で嬉しそうな寺谷さんの姿が似合いすぎていた。
ぶどう栽培と醸造の仕事を始めて10年。
寺谷さんの挑戦は続く。ぜひ、一度ワインを味わってみてください!