鳥取の西部、奥大山(おくだいせん)と呼ばれる地域に江府町(こうふちょう)がある。
最高峰の大山の恵みゆたかな地域で水資源が豊富。
この山間の静かな集落で循環型の暮らしをモットーに暮らすご夫婦がいる。
2017年に関西から移住し、地域おこし協力隊として3年をすごした後、現在は「山の恵みの研究所」を立ち上げ、クロモジをつかった商品販売(ブランドeichi)を中心に、山で楽しく暮らす取り組み(山ラボ)をしている。
今回は、奥様の岩﨑智恵さんにお話を伺った。
移住するまでの経緯から現在にいたる活動などのストーリーをお楽しみください。
偶然が重なって鳥取へ移住
関西で雑貨屋さんをしていた智恵さん。
お店を辞めたタイミングでどこか暖かいところで暮らしたいと移住先を探し始めた。
はじめは沖縄や宮崎、淡路島を候補にしていたが、あるとき、友人に誘われて鳥取の倉吉市に旅行した。
その際に、江府町の市民農園カサラファームに仮住まいしている友人を訪ねた。
カサラファームは、春から秋にかけて野菜作りが楽しめるコテージなどの宿泊施設がある市民農園だ。
訪ねてみると、江府町の地域おこし協力隊の人が来ていた。
この先をどうしていこうか考えて、智恵さんは自分の理想の生き方をイメージマップに描いた紙をたまたま持ち歩いていた。
パーマカルチャーや養蜂、リサイクル、竹の活用、音楽のことなどを描いていたという。
何より、水と空気がきれいなところに住むのを理想としていた。
地域おこし協力隊の人はこのマップに感じるものがあり、すかさず写真を取って行った。
これを町長が見ることとなり、すぐに智恵さんご夫妻は江府町の町長から声がかかり会いに行く。
折しも、江府町では新たに自営業型の協力隊の募集をするところだったのだ。
智恵さんが描いたやってみたい理想の暮らしと町が求める人物像とが重なった。
「あなたの夢をこの町で叶えませんか」
町長から突然の声がけに戸惑いつつ、その場では保留にしたまま智恵さんご夫妻は関西へ戻る。
後日、智恵さんは一人で大山町で木工作家をしているジュピタリアンヒルの山ノ内さんを訪ねた。
竹を使った活動をしようと考えていたのでその相談をしたところ、竹炭工房を紹介される。
そこでは竹を使った温熱療法をしており、話のなかでもしやるなら暖簾分けもできると聞き、智恵さんはここで背中を押され、思い切って移住することに決めた。
2017年5月に智恵さん夫妻は江府町へ移住した。
地域おこし協力隊として活動をスタート
地域おこし協力隊とは、都市地域から過疎地域などの条件不利地域に住民票を異動し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取り組みだ。
隊員は各自治体の委嘱を受け、任期はおおむね1年から3年。
智恵さんたちは3年間の協力隊活動をする。
自営業型の地域おこしで、企画書を自治体に提出し、活動を行った。
町長からは事業を進めることを急がずにまずは地域にゆっくりと馴染むようにとのアドバイスをもらった。
竹林整備から、草木染め、自然にまつわる研究、イベント主催など地域の人たちと交流をしながら幅広い取り組みをした。
当初、竹を使った活動をメインに考えていた智恵さんだったがクロモジとの出会いがその後を大きく変えた。
クロモジと出会う
あるとき、智恵さんは木谷沢渓流に出かけた。
木谷沢渓流は奥大山に位置しており、ブナと渓流で神秘的な雰囲気をもつ美しい場所だ。
ここで歩いていて、智恵さんはある木の前で足が止まった。
不思議なことに、その1本の枝がふわっと光っているように見えた。
一緒にいた森のガイドさんからそれがクロモジの木だと知る。
枝を折ってみていいというので恐る恐る折ってみると、とてつもなくいい香りがして、その瞬間、智恵さんはハートをつかまれた。
これが智恵さんとクロモジとの出会いだ。
この出会いを機にいっきにクロモジのとりこになり、気持ちはクロモジまっしぐらに。
クロモジはクスノキ科の落葉低木で、心身に深いリラックス効果をもたらす「リナロール」という成分が多く含まれ、アロマセラピーにも使われている。
智恵さんはこのクロモジについての研究をはじめた。
山で楽しく暮らすをモットーに山ラボをチームで運営
竹よりもクロモジに魅了された智恵さんだったが、竹の活動も行っている。
柿原集落に竹炭の組合があり、竹の活動をしようとしていた智恵さんたちはそのまま関わらせてもらうことになった。
竹炭づくりからスタートし、同時にできる竹酢液づくりまで。
この活動から、あらたに山で楽しく暮らすをモットーにしたチーム「やまラボ」を立ち上げる。
主に竹の整備をしながら、炭を作ったり、メンマを作るなど竹を使ったアイテムをチームで作る。
現在、京都にはじめり全国に展開している”純国産メンマプロジェクト”に関わり、5月には竹林整備で採れた竹を使ってメンマをみんなで作り、味付けをしてどれが一番美味しかったかを決めるメンマ選手権を開催。
こうした活動から智恵さんたちが、山の暮らしを楽しんでいる姿が浮かび上がってくる。
協力隊を終え、山の恵みの研究所で起業
地域おこし協力隊を終えたあと、智恵さんは起業して2020年5月に「山の恵みの研究所」をスタート。
循環型の暮らしを目指しながら、竹やクロモジ、自然に関わる活動や商品販売をする。
クロモジの商品を扱うブランド名は”eichi(エイチ)“。
由来は智恵さんの名前、植物の叡智などから。
”無限なる気”をあらわすインフィニティマークを使い、植物の叡智に触れたときに深くて豊かな旅がはじまる、といった思いが込められている。
クロモジに夢中になった智恵さんは、香りの良さを活かせるクロモジの蒸留から始め、蒸留水を作った。
そのあとに取り組んだのが、水を使わず植物の細胞内の水分を抽出して作った細胞水だ。
この細胞水には植物の情報がつまっているという。
このほか、クロモジのお茶や麦芽飴などを商品化している。
これらの商品は主にはネットショップで販売している。
そのほか、口コミで気に入った人たちが広めてくれているという。
「想いを直接届けてくれるのがいいです」
使った人が勧めてくれるのがありがたいと智恵さん。
そこを裏切らない物作りをしていきたいと語る。
智恵さんの探求はまだまだ続きそうだ。
これから
今後はもっとひらめきから創造力を湧かせたいという。
そして自分の中で深めていく。
具体的には、竹炭のベッド作り、リトリートの開催など。
みんなで協力しながら物づくりをしたい、と目を輝かせながら語ってくれた。
九州の方言に「ててんご」という言葉があり、手遊びという意味があるが、こうした遊び感覚で大人の真剣なままごとをしていきたいという。
「植物ともっと仲良くなって、五感を飛び抜けたところにアンテナをはってキャッチしたいです」
ぜひ、商品や活動に触れたい方はホームページからお問い合わせください。
インタビューを終えて
取材をしにお家へ向かうと自然あふれる森のなかにひっそりと佇むように木造の二階建ての建物が現れた。
奥大山というからある程度の自然を予想していたが、ここまで森深いとは思わず、そして清々しい空気に心が洗われる場所。
ほがらかな笑顔で迎えてくださった岩﨑さんご夫妻はこの森に棲む妖精のように見えた。
その最初の雰囲気とは裏腹に、お話を伺うと強い信念で活動されている姿が浮かび上がってきた。
雪深いこの地での苦労を尋ねると、雪が積もらない地で育った智恵さんには雪が新鮮だという。
冬の暖炉のための薪集めは大変とのことだったが暮らしを楽しんでいるお二人を素敵だと感じた。
これからの活動に注目したい。