東郷湖畔の風光明媚な高台に位置する旧桜小学校。
松ヶ崎の城跡でもあるこの地に、大阪から移住したご夫婦が運営するミニシアターがある。
その名も「jig theater(ジグ シアター)」。jig(ジグ)とは大工道具の「治具」に由来する。
2021年2月に鳥取に移住するとともに、3週間後に最初の上映、7月には映画館をオープンさせた。
なぜ鳥取に移住を決めたのか、そしてミニシアターへの思い。これからのこと。
そのあたりを柴田さん、三宅さんご夫妻にお話を伺った。
子供が生まれてどこかへ移住したいと思った
愛媛県出身の柴田さんは親の転勤で大人になるまでに香川、埼玉、奈良と各地を転々とし、鳥取の前までは大阪に同県出身の奥様(三宅さん)とお子さんと住んでいた。
「息子が生まれて、どこかに移住したほうが楽しそうだと思って」
お子さんが生まれたのをきっかけに他県への移住を考えはじめたというお二人。
はじめは旅行感覚で2年がかりで各地をまわった。
最初に滞在した西表島は、今までの生活からかけ離れていた。
「とても面白いんですけど、食べ物すら別の国みたいで。熱帯魚は美味しく感じないんだなとか」
それまでの生活をまるきり変えないといけないというのは大変に感じたという。
九州もまわったというが、慣れ親しんだ大阪に近いところで探すようになった。
鳥取の食の美味しさに魅力を感じる
そこで的になったのが「鳥取」だった。
もともと三宅さんの友人が鳥取の湯梨浜町でゲストハウス「たみ」を運営していた。
年1回は遊びに行っていたので馴染みのある場所だった。
「鳥取はご飯が美味しくて、海の幸、山の幸両方がある」
食べ物がおいしいというのは二人にとってとても魅力的だったようだ。
当初は大山町への移住を目指し、柴田さんは地域おこし協力隊になるために条件であった車の免許取得にのぞんだ。
免許取得の合宿地に鳥取の倉吉市を選び、羽合での寮生活をした。
教習所通いのなか、気分転換に柴田さんが利用していたのが湯梨浜のゲストハウス「たみ」である。
「たみ」のキッチンを使わせてもらい、地元のスーパーで買った食材で料理をして癒やされたという。
何より、スーパーの魚がとても美味しいことに感動したという。
自転車を借りて寮とゲストハウスを往復することで湯梨浜町内の距離感がつかめた。
柴田さんは免許を取ったものの大山町での仕事は決まらなかった。
移住先を悩んでいたときに思い出したのが、免許合宿で過ごした湯梨浜町の松崎だった。
ミニシアターを作りたい
鳥取ではオルタナティブスペースを作りたいと考えていた柴田さん。
オルタナティブスペースとはカフェをしたり、イベントをするような表現空間をいう。
もともと映画を観るのが大好きで年間300本くらい見ていたという柴田さん。
ここで鳥取にはミニシアターが1つもないということを知り、映画館を作ることにスポットが当たった。
「映画館のような設備があれば何でもできそう」
地元の人たちにも映画館を作るという話は歓迎されたという。
映画館を作るとなったときに、車のない学生さんたちにも来てもらいという思いもあったことから、近くに駅がある場所が良いと思うようになった。
そこで、駅もある湯梨浜町の松崎はまさに”ちょうどよかった”のだ。
冬に雪も積もるけれど豪雪にはならないところも良かったという。
こうして、柴田さんと三宅さんは鳥取の松崎を移住先に決めた。
移住して3週間後に初上映
鳥取に移住を決めてから、映画館をはじめる準備も進めた。
大阪の劇場をしている友人に話を聞きに行ったり、リサーチをした。
費用面が心配だったが、スクリーンサイズが大きくなければ、十分映画館として見劣りしない設備が整えられることがわかった。
会場は、旧桜小学校がレンタルスペースとして使えることになりプレイベントとして上映会が決まった。
2021年2月に柴田さんと三宅さんは湯梨浜町の松崎へ引っ越した。
移住といってもまだ家は決まっておらず、ゲストハウス「たみ」に滞在させてもらいながら探す予定での思い切った引っ越しだった。
その3週間後に上映会が待っている。
友人たちに手伝ってもらいながら急ピッチで準備が進んだ。
出会って間もない人たちも手伝ってくれたことは、とてもありがたかったという。
プレイベントで上映したのはシンガポール国際映画祭最優秀監督賞を受賞した濱口竜介監督の 「ハッピーアワー」。
なんと5時間17分に及ぶ長編映画である。
柴田さん本人も少し出演している。
定員25分の会場は満席。プレイベントの上映会は見事成功した。
映画館がオープンする
プレイベントで使った会場は一時的なレンタルだったので1度撤収しなければならなかった。
その後、隣の部屋が空いたタイミングで借りる申し込みをし、5月に正式にスペースを使えるようになった。
7月にはコケラ落し上映を目指し、部屋の床をはがしたり、天井をぬったりとリフォームがスタート。
大工さんや友人の協力を得て、映画館が出来上がっていった。
「戸惑い」をテーマに、変だけどいい映画を上映したい
2021年7月、コケラ落しでホン・サンス監督の「逃げた女」が上映され、jig theater(ジグ シアター)が正式にオープン。
jig theaterは、いわゆる大衆向けではなく、ミニシアターで上映される映画を取り上げる。
「逃げた女」も当時公開されて人気のあったミニシアター系の映画である。
上映する映画のコンセプトは「戸惑い」。
観て戸惑うような映画を上映する。どこか変だけどいい映画。
多くの映画を観てきた柴田さんは、観て疑問を感じる映画のほうが記憶に残るし、ふと何かのシーンでよみがえってくるという。
「戸惑いのなかに気づきがある」
映画は「知らなかった世界を見せてくれる窓」のようなものだと話す。
よく知っている日常なのに、違ってみえる。
それは映画のニッチな魅力ともいえる。
映画を通して、世界の見え方が変わる。
jig theaterの「jig」の由来になっている「治具」とは、物を作るときに使われる補助的な台など、ガイドになる物を意味する。
jig theaterも、そんな治具的な、観る人のガイドとしての役割を持ったシアターでありたいとの思いがある。
「ハッピーアワー」の濱口監督の言葉には、映画そのものが治具(jig)とある。
あくまで、シアター側は映画を提供し観せるだけであとはお客さん次第なのである。
これから
映画はフレッシュさを大切にしつつ、前回上映した作品とのバランスを見ながら上映していく。
今後も今までと変わらず、お客さんからのフィードバックも見ながら丁寧に選んで上映していくという。
鳥取に移住して2年。
友人も増えて暮らしもとても楽しんでいるというお二人。
これからの上映も目が離せない。
インタビューを終えて
穏やかに言葉をひとつひとつ紡ぐようにお話してくれる柴田さんと、横から笑顔でそのお話をさらにふくらませて情感豊かにしてくれる三宅さん。
お話を聞きながら、映画のようなコアな世界に引き込まれていくようだった。
自分たちの思いを大切しながら、ゆずれないところを軸にしつつ、周りとも合わせながら生きている姿も垣間見えました。
わたしは何度か映画を観させてもらっていて、どの映画もとても印象的で感動というより、なんだかわらかないけど記憶に残っているのが不思議だったのが、今回お話を聞いて納得。
確かに、「戸惑い」のなかに気づきがある。
ささいな日常だけれど、そういう切り取り方があるのか、と。
人の数だけとらえ方が違うし、それを映画を通して体験できるのはとても面白いし貴重なことだ。
まずは映画館に足と運んでみてほしい。きっと発見があるはず。