鳥取の南東部、山深く、観光業が主産業となっている若桜町(わかさちょう)。
夏は登山、冬はスキー客で人気の氷ノ山(ひょうのせん)を抱く。
町全体は豪雪地帯でもある。
道の駅桜ん坊のちょうど向かいに、小さな革工房Dear*Deer(ディア ディア)がある。
駆除された鹿の革を使った革製品のほか、オリジナルの革製品が作られている。
オーナーの石井さんは島根県松江市出身。
若桜町へ移住から現在の取り組みについてなどお話を伺った。
米子市で問屋業を営む
松江出身の石井さんは米子市で問屋に勤めていた。
米子の全日空ホテルで初めて展示会をするなど繁盛した。
婦人服を扱っていたが、宝石やバッグなどの服飾品の分野を伸ばしたいという思いもあり、2004年服飾品を扱う問屋として独立した。
スタート時の幸先は良く、6年ほど続けていたが、時代の流れとともに商品を仲介して卸す問屋業はこれからは厳しいと感じ、オリジナル製品の製造をメーカーに委託して作ってもらうOEMを考えはじめた。
オリジナル商品を作るにあたって、石井さんは鳥取の素材を使いたいと考え、大山町の商工会へ相談に出かけた。
そこで話題になったのが、鹿だった。
鹿の皮と出会う
当時、鹿の農作物への被害が出始めたころだった。
駆除された鹿の皮が製品づくりに使えないかという話になったのだ。
さっそく、石井さんは鹿の駆除に取り組んでいるという若桜町の商工会から猟師を紹介された。
ここから石井さんは若桜町へ通うことになる。
それまでは廃棄されていた鹿の皮を冷凍で保存してもらい、県外のなめし業者で加工をしてもらうことになった。
このときに出来上がった最初の製品が、鹿革で出来たメガネ拭きだ。
若桜町で工房をスタート
鹿革は他の皮と比べてとても柔らかく、人の肌になじみやすいことから肌を磨くスキンケアアイテムの開発にも取り組んだ。
こうした流れのなかで、若桜町の商工会から町でお店をしてほしいという声がかかった。
6次産業化の流れもあり、町では地元でとれた素材を使った特産品づくりに力を入れていた。
若桜町に通うといっても、石井さんは猟師さんとのつながりはあるものの町のことはほとんどわらかない状態だった。
いきなり若桜町でお店を始めることはリスクがあると考え、石井さんは断った。
町は何度も石井さんにアプローチした。
はじめて声をかけてもらってからほぼ一年後、石井さんはついに若桜町に移住してお店をすることを決意した。
このとき、石井さんは職業柄、宝飾品で着飾った自分をしんどく感じていた。
もっとありのままの自分で商売をしたい、人生を変えたいと思ったのだ。
そこで、若桜町への移住を転機ととらえて、思い切ることにした。
2012年、石井さんは若桜町へ移住した。
地元の協力を得ながら、現在のお店の建物をDIYでリフォームして、2013年11月に革工房 ディア ディアをオープンした。
試行錯誤をしながら鹿革を使った製品づくり
移住前は鹿革を使ったカバンの製造は外注しようと考えていたが、駆除された鹿の皮を製品にするのはとても難しく、全国的にも使われていない未知の分野だった。
鹿は個体差が激しく、傷があちこちにあるため製品化が困難なのだ。
石井さんはミシンを一台購入し、自ら製品づくりに取り組むことにした。
もともと物づくりは好きだったという。
ただ、鹿革の製品づくりは前例がないだけに参考になるものがなく、実際に革を触りながら試行錯誤が続いた。
他の革とは性質も違い、まるで異次元だという。
作るアイテムによって向き不向きがあり、性質を見越しての製品化が大事になってくる。
鹿革の特徴は、水はけがよく、曲げてもひび割れしないことだ。メンテナンスフリーで長持ちする。
工房をオープン当初はまだ製品が出来ていなかったため、アクセサリーや化粧品の小売りをしていた。
周囲からは心配されていたが、石井さんは実績を作って理解してもらおうとひたすら製品づくりに打ち込んだ。
不思議と不安はなかったという。
ブランドに惑わされる時代ではなくなったと感じていたからでもある。
「人間はアナログな部分は残っていかないといけないと思っています」
大量生産のブランド物を売るのではなく、思いを込めて作った1点ものの製品を売る。
それまで、メーカーブランド物を売ってきた石井さんの大きな変化である。
素材を求めるところからはじまり、実際にその素材を使って自ら物を作って売る。
「大事なことは長く続けることと、知名度を上げることですね」
今が一番充実している
石井さんが作った製品は少しずつ売れ始め、今ではオーダー品づくりでとても忙しくしている。
といっても、鹿革を使った製品づくりには課題が多く、試行錯誤は続いている。
お客さんの認知もまだこれからのため、牛革などを使ったお客さんのニーズに合わせた製品づくりをメインにしている。
商売は、いつ潰れるかわからない。その危機感はいつも持っている。
「日々を一生懸命生きるしかない。すがれるものはない」
その一方で、石井さんは今が一番充実しているという。
「仕事をさせてもらえていることに感謝しているし、幸せです。」
楽しいし、これがライフワークですと語ってくれた。
これまで、物作りを通して多くの人と出会ってきた石井さんにとって、人が財産だという。
通販やショッピングモールで人を介さない単なる商品として物が扱われている一方で、自分のスタイルは人と人との関係を大事にした物づくりをしていきたいと語ってくれた。
これから
まだまだ製品作りの課題がある鹿革だが、工房に来たら鹿革のいろんな製品があるようにしたい。
そして、鹿革の製品づくりを誰かにつないでいけたらと石井さんは考えている。
10年前から鳥取県の児童養護施設で鹿革を使った卒業制作が行われ、石井さんが関わっている。
鹿革を通して命のことを伝えたり、どのように物が作られているかを若い人たちに知ってもらいたいと思っている。
インタビューを終えて
工房の入り口を入ると、上がりはなに革工房らしからぬオシャレなバイクに目が止まった。
お尋ねすると、バイクに乗るのが趣味ということで休日にはツーリングに出たりするそうだ。
職人の固いイメージとは違い、気さくな人柄の石井さん。
70歳になっても、赤いスポーツカーに乗っているファンキーなじじいでいたい、と笑顔で言う。
経験しないとわからないことがたくさんあるから、失敗を恐れずに挑戦したいし、いくつになっても元気でありたい。
作品だけでなく、石井さんに会ってみたい方は気軽に工房をお訪ねくださいね。